少額訴訟で勝訴しただけでは、お金は戻ってこない
少額訴訟で勝訴し、支払い命令付きの判決が出たとしても、じつはそれだけでは自動的にお金が戻ってくるわけではありません。
裁判所はあくまでも支払い命令付きの判決(債務名義)を出してくれるだけです。裁判所は、少額訴訟の被告に支払いを強制するわけではありません。
少額訴訟で支払い命令を受けた被告が、おとなしくお金を支払ってくれるのなら、問題はありません。しかし、相手は「お金を返す」という約束を平気で破る被告です。
少額訴訟で訴えられ、支払い命令付きの判決が出たからといって、被告が素直にお金を払う可能性は、残念ながら低いでしょう。少額訴訟を起こした時点で、相手に自発的な支払いを期待する気持ちは捨ててかかる必要があります。
たとえ、少額訴訟で勝訴したからといっても、浮かれてはいられません。お金を回収されることを恐れた相手が資産隠しをしたり、行方をくらましたりするリスクへの警戒が必要です。
少額訴訟の支払い命令=即回収ではなく、「裁判所が支払い命令を出した」だけです。裁判所の支払い命令を実行=強制執行する手続きは、債権者(原告)が負わなければなりません。
強制執行とは?支払い命令を実行に移す方法
相手が少額訴訟の判決に従わない場合、次に取るべき手段は「差し押さえ命令申立」と「強制執行」です。これは、少額訴訟の判決(債務名義)を根拠に、相手の銀行口座などを差し押さえ、支払いを強制執行する制度です。
差し押さえ可能な財産には、次のようなものがあります:
- 預金口座
- 給与
- 不動産
- 売掛金などの債権
ただし、少額訴訟の支払い命令付き判決を債務名義として、差し押さえを行うには相応の準備と情報が必要です。
差し押さえに必要な情報とは?
少額訴訟の判決を根拠として強制執行を行うには、相手の財産に関する情報が必要です。
一般的なのは相手の預金口座を差し押さえることですが、そのためには金融機関名と支店名を特定する必要があります。
口座番号までは不要ですが、どの銀行のどの支店かがわからないと、少額訴訟で支払い命令付きの判決を得ても、差し押さえ・強制執行はできません。
また、給与を差し押さえたい場合は、相手の勤務先の正確な会社名・所在地が必要です。相手の口座や勤務先がわからない場合には、少額訴訟で勝訴しても、差し押さえが困難になります。
差し押さえの現実:こんな困難が
実際に差し押さえを試みると、次のような困難がしばしば生じることになります。
- 相手の口座情報がわからない
- わかっている口座に資産が残っていなかった
- 勤務先をすでに辞めてしまっていた
- 名義を変更されていた
せっかく少額訴訟の支払い命令付き判決を得たのに、差し押さえる財産が見つからなければ、回収は叶いません。

差し押さえ成功のためにできる準備
回収成功の鍵は、相手の財産情報を事前に把握しておくことです。
もっとも有力な情報は、お金を振り込んだ口座です。ただし、少額訴訟を起こされた相手も差し押さえを警戒して、口座を解約したり、他の口座にお金を移したりする恐れもあります。
相手のホームページやSNS、メールなどに口座情報がないか、もう一度確認しましょう。相手が勤め人なら、勤務先の取引銀行や支店がわかるかもしれません。
どうしてもわからない場合は、探偵事務所に資産調査を依頼するという選択肢もあります。しかしながら、遺産調査にはそれなりの費用を覚悟しなければなりません。また弁護士を「受任(訴訟代理人を依頼)」していた場合は、弁護士会を通じた金融機関への照会によって、相手の口座情報が判明する可能性があります。ただし、訴訟額の少ない少額訴訟では、弁護士への受任は「費用倒れ(赤字)」になる可能性が高いため現実的ではありません。
なお、少額訴訟などにより債務名義(判決)がある場合には、「財産開示手続き」「第三者からの情報取得手続き」を裁判所に申し立てることができます。
仮に財産開示手続を債務者が無視した場合、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金を科される可能性があるなど、罰則が強化されました。ただ、その手続きは簡単ではなく、法律の専門家ではない個人が申し立てるには難しい現実があります。
強制執行の費用と手続き
強制執行には以下のような費用がかかります:
- 収入印紙代(申立手数料):数千円〜
- 郵券(郵送料):裁判所によって異なります
- 差押命令の送達費用:数百円〜数千円程度
また、手続きには以下のようなステップがあります:
- 債務名義(判決文)を取得
- 差押命令申立書を作成
- 裁判所へ提出
- 相手の口座や給与を差し押さえ、自身で金融機関などに対して取り立てを行う
申立から実行までは、おおよそ1〜2か月程度かかるケースが多いです。
勝訴しても終わりではない現実
少額訴訟で勝訴し、「支払い命令付きの判決」を得られたとしても、それで必ずしもお金が返ってくるわけではありません。判決が確定しても、相手が任意に支払わなければ、こちらから動いて「強制執行」の手続きを取る必要があります。
強制執行には、相手の口座や給与、不動産などを差し押さえる方法がありますが、そこにはさまざまなハードルが存在します。
差し押さえる財産がわからない
差し押さえの最大の課題は、相手の「財産の所在」が不明なことです。たとえば、相手がどの銀行口座を使っているか分からなければ、口座を差し押さえることもできません。仮に口座がわかっても、残高がなければ意味がありません。また、フリーランスや無職などで給与の差し押さえも難しい場合、強制執行の実効性はさらに低くなります。
このように債務者の財産情報がわからない場合に備えて、先述したように、民事執行法では「第三者からの情報取得手続き」が設けられています。この制度では、銀行や年金機関などの第三者に対して、裁判所を通じて情報の開示を求めることができます。
この手続きを利用するには原則として「財産開示手続」をすでに実施し、期待した結果を得らえなかったこと(不奏功要件)が必要になります。ただし対象が預貯金債権である場合は、不奏功要件は必要とされません。
相手が素直に支払わない場合、強制執行という次の一手が必要になります。そしてその準備として、相手の財産に関する情報を日頃から少しずつ集めておくことが、結果的に一番重要になってくるのです。
年金は差し押さえできるのか?
なお、年金は、原則として差し押さえが禁止されている財産です(民事執行法152条などに基づく)。ただし、口座に振り込まれた後に生活費などとして使われず残っている金額については、差し押さえが認められるケースもあります。
とはいえ、実務上は「年金受給者からの回収」は非常に難易度が高いとされており、現実的な回収が困難なことが多いです。
このように、少額訴訟で勝っても、その先の強制執行にはさまざまな手間とコストがかかります。もし相手に回収可能な財産がない、または不明である場合、判決を得ても実際の回収ができないというケースも珍しくありません。
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