詐欺被害金を少額訴訟と差し押さえ、強制執行で全額回収
「お金を出資してくれたら、毎年5%の利息を振り込み、5年後に全額を返済します」
こんな詐欺によって30万円を失った私は、少額訴訟と差し押さえ、強制執行によって全額を回収できました。しかも弁護士や司法書士には頼らない「本人訴訟」でした。
少額訴訟と差し押さえにかかった費用は収入印紙代(訴訟額によって異なる)と予納郵券代(切手)の合計1万5000円ほど。そこに付郵便送達・公示送達の住居調査費用(後述)と簡易裁判所への交通費を加えて計8万円ほどでした。もしも付郵便送達・公示送達が必要ない場合や簡易裁判所が自宅から近ければ、これらの費用はかかりません。
少額訴訟に必要な費用
一銭も戻ってこなかったお金
すべての発端は冒頭に記した「出資」の勧誘、いわゆる「詐欺」でした。私は当時参加していたオンラインサロンの主宰者から、「毎年5年間の利息」と「元金の全額返済」という誘い文句にひかれて、余裕資金から30万円を振り込んだのです。
主宰者は集めたお金で「ビジネス」を始めると偽って、「リスクのない定期預金」だとうたっていましたが、もちろんそんな都合の良い「ビジネス」や「定期預金」があるはずはありません。約束された利息の振り込みは「2年間」しか続かず、「全額返済」されるはずだった元金は、「ビジネスが破綻した」として一銭も戻ってきませんでした。
こちらが元金の返済を求めても、主宰者は「騙される方が悪い」と居直る始末。私は目の前が真っ暗になりました。
そうかと思えば、主宰者は「被害を補償する」と返済に応じるそぶりを見せながら、お金を「補償」することは一切ありませんでした。今思えば、のらりくらりと時間稼ぎをしていたのか。それともすでにお金を使い切って、返せかったのかもしれません。
誰にも「被害」を相談できず…
私は誰にも「被害」を相談できませんでした。
「自分が騙されるはずがない」という自信が崩れた情けなさ。信頼していた人に裏切られた悲しさ…。いろいろな感情が交錯していました。
一方の主宰者は相変わらず、態度を二転三転させました。「被害者」の「自己責任」だと責任をこちらに転嫁したかと思えば、「補償」をちらつかせる繰り返しだったのです。気が付けば「ビジネス」が「破綻」してから行動に移せないまま、2年近くが過ぎていました。
こちらも相手に返済を強く求められなかったのは「自己責任」という言葉を何度も聞かされ、「自分に落ち度があった」と思い込まされていたのでしょう。また「補償」をちらつかせられたため、「主宰者が見捨てるはずはない」という希望を抱いていたせいかもしれません。
そんな私の思いをよそに、主宰者はSNSで社会正義をうたっていました。そこには自分の行為を反省するそぶりはまったくありません。
人間不信に陥りそうになった私は、SNSからもしばらく距離を置くようになりました。
警察は相談を取り合ってくれない
私はついに意を決して、警察に「被害」を相談しました。ところが、まったく取り合ってくれませんでした。このようなケースでは「詐欺事件として立証するのは難しい」からです。
行政の無料法律相談にも電話をしました。今度はあきらめるよう諭されました。「最初からお金をだまし取るつもりだったと相手が認めるはずがない」というのです。相手は「集めたお金を運用するつもりだったが、うまくいかなかった」と言い逃れするでしょう。そうすると警察も手出しできないというのです。
たしかに刑法上の詐欺罪で相手を立件するには、「最初からお金をだまし取るつもりだった」という「欺く意思(欺罔行為)」の証明が必要です。しかし、そのような証拠はおそらく残っていないでしょう。警察が捜査に動いてくれないのも「詐欺の証拠」がつかめないからです。
弁護士も引き受けてくれず
警察だけではなく、弁護士も簡単には依頼を引き受けてはくれません。
私のようなケースでは、確実にお金が回収できるあてはありません。お金はすでに使われているか、移転されている可能性が高いからです。このような案件を引き受けても、弁護士としては「成功報酬」が期待できません。また弁護士費用がかさんで依頼者が赤字に終わる「二次被害」を生まないためにも、引き受けないといいます。
八方ふさがりの中、私に残された道は「少額訴訟」での回収だけでした。

少額訴訟に踏み切る
費用も手間も最小限。これなら自分でもできるかも?
少額訴訟は、60万円以下の金銭トラブルを対象にした裁判制度です。審理・判決は1日だけ。弁護士を付けない本人訴訟がほとんどです。
通常訴訟だと数回にわたる審理が必要になり、そのたびに裁判所に出廷して、書面を提出しなければなりません。本人訴訟では対応が困難です。その点、少額訴訟であれば審理は1回だけ。訴状や証拠以外の書類は必要ないため、時間も手間もお金もかかりません。
少額訴訟のメリット・デメリット
ただ少額訴訟にも、相手が裁判所に異議申し立てをして通常訴訟に移行されるリスクがあります。そうなると本人訴訟では対応が難しくなりかねません。
それでも私は少額訴訟から通常訴訟に移行される可能性は低いと考えていました。相手は訴状などの裁判書類をいっさい受け取りませんでした。裁判で争うことを放棄したような姿勢だったからです。
もしも少額訴訟から通常訴訟に移行されたら、「そのときはそのとき」で対応を考えるつもりでした。
相手が訴状も判決も受け取らなかったら
私が少額訴訟で最も難儀したのは、相手が訴状を受け取らなかったことでした。
被告が訴状を受け取らないかぎり、裁判は始まりません。裁判書類の受け取りを拒否して、裁判を先送りして時間稼ぎをしようとする人がいることを、私は少額訴訟を起こして初めて知りました。
私が少額訴訟を起こした時点では、相手が住所地から転居したわけではありませんでした。留守にしていても、郵便局の不在通知が郵便受けに残されているはずです。
このように相手が訴状を受け取らない場合、訴状が裁判所から郵送された時点で相手に「送達」したものとみなす「付郵便送達」という制度が設けられています。被告が訴状を受け取らないことによって、裁判が開けない状態が続けば、原告は裁判による解決が望めないからです。
私は少額訴訟の提訴で「付郵便送達」を、さらに少額訴訟の判決後に「公示送達(相手が判決を受け取らなくても、裁判所に掲示されることで効力を生じさせる制度)」を裁判所に申し立てました。相手は訴状だけでなく、判決も受け取らなかったのです(判決は相手に「送達」してから2週間で効力を生じます)。
ただ付郵便送達と公示送達には、相手の住居調査が必要です。住居調査は自力でも可能ですが、相手が遠方に暮らしていたこともあり、探偵事務所に依頼しました(1回約2万円)。少額訴訟も差し押さえもすべて自力でしたが、最もお金がかかったのが二度の住居調査(計4万円)でした。
訴状はサイトの書式を参考に自力で作成
少額訴訟の訴状は、裁判所公式サイトの記載例を参考にしながら作成しました。といっても、訴状に決まった形式はありません。訴状には当事者(原告と被告)の住所や氏名、請求の趣旨、請求内容(具体的な金額)、証拠などを明記します。
訴状のほかにも、お金の振込記録、利息の支払いとお金の全額返済を約束したLINEのスクショ、案内メールーすべて印刷。証拠として簡易裁判所に提出します。
少額訴訟は原則的に、被告の住所地を管轄する簡易裁判所で開かれます。
訴状作成などで不明な点があれば、簡易裁判所で電話でも質問に答えてくれます。また訴状や証拠に不備がある場合でも、修正点を教えてくれます。弁護士や司法書士に訴状などの作成を依頼することもできますが、それなりの出費を覚悟しなければなりません。一方、裁判所を活用すれば本人訴訟で、ほぼ費用をかけることなく対応できます。
当然ながら訴状や差し押さえ命令申立書などの裁判書類は、正確に記入する必要があります。とくに大都市の簡易裁判所は扱う件数が多く、不備があると、後回しにされる可能性があります。実際に私の差し押さえ命令申立書は、書類に不備があったため後回しにされました。あくまでも自己責任です。
差し押さえと強制執行に難航
少額訴訟の訴状や証拠書類の作成に比べると、差し押さえ命令や強制執行の申立書作成は段違いに困難でした。とくに差し押さえや強制執行は、相手の財産に制限をかけることになるため、裁判所の形式に従う必要があり、チェックも厳しくなります。
差し押さえ命令申立書は、裁判所と電話で説明やFAXを使って何度も修正して、さらに紹介してもらった専門書を参考にしながら作成しました。差し押さえ命令申立書の修正と再提出に1か月以上かかりましたが、これも自己責任です。むしろ、親切に教えてくれた裁判所の書記官には感謝しかありません。
ただ、こうして時間を浪費するにしたがって、お金を回収できる可能性は低くなります。確実にお金を回収するためにも、迅速で正確な申立書の作成が必要です。書類の作成だけでも「必要経費」と割り切って、弁護士や司法書士に依頼すべきだったかもしれません。
相手は欠席。裁判は即終了
少額訴訟の当日に話はさかのぼります。
通常訴訟と違って、少額訴訟は、会議室のような小規模な法廷で開かれます。出席者は、裁判官と司法委員、原告の私の3人。結局、被告は現れませんでした。
強制執行が回収の本当の戦い
審理が始まってすぐ「被告が欠席したため、原告の訴えを認めます」との判決が出ました(欠席裁判)。裁判は数分で終了しました。事前に訴状や証拠を繰り返して目を通し、入念に準備したものの、あっけない幕切れでした。
後日、簡易裁判所から支払い命令付き判決の「正本」が届きました。
しかしこれで終わりではありません。裁判官は、最後にこう告げたのです。
「債権執行については、専門家とよく相談して進めてください」
少額訴訟に勝訴しても、相手が判決に従うとは限りません。私も相手がおとなしく、支払に応じるとは思っていませんでした。少額訴訟の判決は、差し押さえと強制執行の長い道のりの始まりでした。